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同人サークル<アレ★Club>公式ブログ(通称:「アレ★Blog」)

ジャンル不定カルチャー誌『アレ』を作っている<アレ★Club>の日々の活動記録です。

論理と共感の殴り合いを止めるには?~人間関係ゲーム化計画~

うらしま左近 対談 市川遊佐

★対談者紹介★
◇市川遊佐(@ichikawa_yusa
<アレ★Club>の副代表。人生エンジョイ勢になれない。

■うらしま左近(@urashimasakon
最近入った<アレ★Club>の新人さん。人生エンジョイ系男子。ウェイ!

 

◇市川
最近、「人と僕とで、物事に関わるスタンスが違う」ってことで悩んでるんだよ。

■左近
へぇ、それはどういうことでなの?

◇市川
たとえば、昨日見たテレビのこととか、あるいは話題の事件とかについて話すでしょ。そういう話題を見つけた時に、僕はどうしても「何が問題の本質なのか」、「問題を解決するための必要十分条件は何か」、「具体的に自分は何をすればいいのか」みたいなことを考えてしまうし、それ以外はあまり考えられない。もっと言えば、関心が持てない。なんか地獄のミサワが描いた漫画の登場人物みたいな物言いで我ながら小っ恥ずかしいんだけどね。でも、実際そうなんだからしょうがない。
ともあれ、誰かと一緒に話をしていて、「本質はなんだ」とか「解決策はどうだ」とか言ってると、なんか浮くことがよくある。多くの人は、そういうことについて考えずに話し続けることができるみたいだけど。とはいえ、僕の場合、そういう場に長居することすらキツい。
でも、自分と比べて、そういう生き方をしている人の方が人生をエンジョイできているように見えるし、そうやって何時間も時間を費やした末ににポロッと重要な意思決定がされたりすることも多いので、普通の生き方をしている人の中に僕も溶け込みたいって思うんだよ。そもそも、浮くと色々と面倒臭いしさ。どうすればいいのかな?

■左近
確かに、多くの人は何かの問題について語りたいだけだったり、特に意味もない雑談をしたりするよね。市川さんみたいに、問題を解決するために話を進めたり考えたりする「だけ」の人は少数派だと思うよ。
今の話を聞いて考えたんだけど、人間の思考って、「論理重視型」と「共感重視型」の2タイプがあると思うんだ。人の考え方って、対象によって変化するし、どちらかに振り切れることなんてまずないんだけど、どうしても「論理」と「共感」のどちらかを重視しがちになる。
「論理重視」の人は市川さんみたいに、物事を具体的に考えて話し、「共感重視」の人は相手の反応や人間関係を大事にしながら、それぞれ話したりする。
そして、この2つのタイプは、どうももう一方のタイプの人とは上手にやれないことが多い。例としては極端だけど、車が故障した時の男女差の話とかが分かりやすいんじゃないかな。

男「ライト点く?」女「何で?」男「バッテリー上がってるかも…」女「何の?」男「ん?」女「ん?」 男女の脳の違い | ニュース2ちゃんねる

この場合だと、男は論理、女子は共感ってなってて、お互い話が噛み合わずに最終的には喧嘩しちゃう。まぁ、童貞の僕には女性が共感重視の人が多いなんて分からないし、そうは思わないけど(笑)

◇市川
言われてみれば、僕は論理的に物事を考え過ぎて、たまに空気を乱すことが割とあるな。逆に、論理的じゃない人の話を聞いているとイライラしちゃうこともある。そのせいで、周りの人間に対して「なんでこんなこともわからないんだ、馬鹿め」と思うこともあるけど、よくない癖なんだろうなぁ。

■左近
マジで悪い癖だと思うよ。論理を重視している人は物事を詳しく、具体的に考えて物事を解決に導くように思考して話すからなんだよね。だから、共感重視の人が何も考えていないように見えて、ついつい馬鹿にしちゃう。
でも、共感を重視する人たちって、その場の人間関係を乱さないことを大切にしている。物事を解決するって意味では、スムーズに意思決定をすることに重点を置いている人たちとも言い換えることができると思うよ。何かを決める必要が出てきた時に、人間関係は具体的な思考と同じくらい必要なものだと思うから、彼らを軽視しちゃいけないと思う。
もちろん、共感重視の人が、論理重視な人を馬鹿にすることもある。「こいつ、場の空気を乱しやがって」みたいな感じでね。ともあれ、どちらのタイプも、相手に対する想像力が欠如している時に、こういう思考に陥っちゃうんだよね。

◇市川
刺さるなぁ……で、意思決定が必要な時にはどちらの立場も必要っていうのはよく分かったけど、日常生活の場でギスギスしないためには、どうしたらいいんだろ?
共感重視の人って、物事を論理的に考えること自体をコストだと考えていると思うんだ。考えることは苦痛だし、人間関係を壊す可能性もあるからね。確か、ウェーバーも同じようなことを言っていた。

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一方で、僕たち論理重視の人たちは、その「コスト」が大好きなんだよ。ちょっとした「コスト」を払うことで、莫大な労力が浮いたりするのが快感でさぁ……で、この大きな差異が中々埋められない。
そりゃ、僕が深い関係を築いている友人は論理重視の人たちだけだし、共感重視の人たちも同じタイプでコミュニティを作っていると思うよ。でも、会社や学校の人間関係ではそうはいかないじゃん?
多分、どちらのタイプも「相手の気持ちを考えて行動しましょう」とか「我慢して相手に合わせましょう」ってのが大人の回答なんだろうけどさ。でも、それってかなり消耗しちゃうじゃん?子供っぽい意見なのは分かっているけど、それを続けられない人もいると思うし。

■左近
うーん、難しい問題だね。結局は個人の意識の問題だからなぁ……これって、難しく言えば「他者との共生を苦痛なくやるにはどうすればいいか?」って問いだよね。これは1つの提案に過ぎないんだけど、人間関係を頭の中でゲーム化しちゃうってのはどう?

◇市川
ごめん、全然イメージが沸かないや。

■左近
つまり、相手が感じたり考えたりしていることを、自分向きの方法で分かってあげて、その上で相手が喜んで受け入れられるように自分を表現する。これを「ゲーム」として捉えるんだ。
まず論理重視の人は、共感重視の人が感じていることを些細な行動とかのデータから推理して、共感重視の人が思わず同意したくなるような言葉や行動を考えてみる。その際に、相手のバックにある人間関係まで考察するのがコツかなと思う。人間関係あっての共感だからね。
一方で共感重視の人なら、論理重視の人が考えていることの結論を言葉の感じとかから察して、論理重視の人の結論を意見として、その場の空気の中に上手く滑りこませるようにする。その際に、解説動画とかを見て色々な話題について、出てくるであろう問いと考え方と結論について知っておくといい。話題とキーワードがあれば、相手の結論を察するのが楽になるからね。
で、上手くいったら自分にポイントを足して、失敗したらポイントを引いてみる。そういう誰に勝つわけでも負けるわけでもないゲームをやることで、苦痛は減らせると思うよ。

◇市川
お互いの存在を認めた上で、ギスギスせず、協力する。そういう大きな目標を持っていれば、イライラすることもなくなって、皆で幸せになれそうだね。やってみる価値はあるかなぁ。

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<アレ★Club>代表の山下泰春「<アレ★Club>のブログメンバーには共感タイプがいないから、間違ったことを言ってそうで怖い。ロジカルになり過ぎてないかな……」

最近『アレ』編集長になった堀江くらは「でも、ゲーム化という方法はいいと思うよ。組織レベルの話だけど、人間関係をゲーム化して上手くやっているところもあるみたいだし。その意味でこの記事で提案しているのは、個人レベルでのゲーミフィケーションと言えるかもしれない」

workswitch-ibs.inte.co.jp

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ゲームにすればうまくいく―<ゲーミフィケーション>9つのフレームワーク

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