同人サークル<アレ★Club>公式ブログ(通称:「アレ★Blog」)

ジャンル不定カルチャー誌『アレ』を作っている<アレ★Club>の日々の活動記録です。

結局「貧困」の何が問題なのか?~リアリティ・加藤智大・責任論~

★対談者紹介★
◇市川遊佐(@ichkawa_yusa
<アレ★Club>の副代表。贅沢のし過ぎで栄養失調になっていたことがある。
◆永井光暁
<アレ★Club>の事務局長。実家は自営業で本人曰く「日銭暮らし」。

◇市川
先日から、貧困JKネタでTwitterやブログが盛り上がってるね。なんでも、NHKの取材に対し、パソコンが買えないからキーボードだけ買ったとか言ったのに、実は高いランチを食べたり遊びに使う金があったとか?
 

blog.livedoor.jp
 

◆永井
今回の騒動については、ネットまとめとかを見る限り、件のJKは貧困には見えづらい行動や発言をTwitterにアップしたみたいだね。仮に彼女が本当に貧困だったとしても、そうは見えにくいって意味で、虚偽報道だと思われても仕方ないかなぁ……。
あと個人的には、今回の報道にあった「専門学校の入学金が払えない」ってのが仮に本当だったとしたら、将来を見据えて貯めた方が合理的なお金を、今ある欲求を満たすためにしか使わせていない親御さんの教育にも問題あると思うよ。要するに将来設計ができていないワケで。

◇市川
その流れで行くと、僕は授業についていけないってところが気になった。あの報道がどれだけ貧困の実態を映しているのかについては何とも言えないけど、パソコンがないから授業で「ダブルクリック」とか「スクロール」とか言われてもワケ分からないみたいな話が出ても、「いや、IT系のスキルを学校で教えるのなら、ついていけるとかついていけないとかじゃなくて、そこら辺もちゃんと学校で懇切丁寧に教えろよ」としか思えなかった。今さっき出た貯金云々の話も含めて、何かズレてるな、って。

◆永井
確かにねぇ。でもまぁ、今回の件は、内容の是非や真偽はともかくとして、少なくとも貧困について改めて考え直すいい機会にはなったんじゃないかな。

数字から見る「貧困」を簡単に

◇市川
それはそうだね。ところで永井さん、これだけネット上で貧困云々と大勢の人が騒いでるけど、ぶっちゃけ「貧困」って一体どういう状態のことを指すの?僕もたまに「政治的な都合(笑)」で貧困アピールするんだけど、たまに「もしかしたら俺ってホントに貧困なのでは?」って思うことがあるんだよね。その辺について、何かより掘り下げたお話とかないの?

◆永井
うーん、残念ながらごく一般的なことしか言えないんだけど、一口に「貧困」と言っても二種類あって、「絶対的貧困」と「相対的貧困」に分かれるのね。絶対的貧困っていうのは、簡単に言えばその日の衣食住にも困るような状態のこと。一方の相対的貧困は、生活水準が平均水準と比較して低い状況のことを指す。
で、昨今よく取り上げられてるのは、後者の相対的貧困の方で、現在の日本は6人に1人が相対的貧困の状態にあると言われている。ただ、これはあくまでも貧困率、あるいは収入から見た話であって、現実の生活状況とどの程度リンクするのかについては諸説あるので、ここでは言わないでおくよ。

 

日本の子ども、6人に1人が「貧困」 | NEWS WATCHER | 朝日中高生新聞 | 朝日学生新聞社 ジュニア朝日
 

◇市川
なるほど。ちなみに、僕的には相対的貧困の生活のありようはそれぞれで、絶対的貧困はなんとなくイメージしやすい感じがするけど、その辺りはどうなの?たとえば「絶対的貧困=ホームレス」みたいな。

◆永井
まぁ、当座の金もなければ、その日の衣食住さえも怪しいってなったら、そういう状態の貧困はイメージしやすいかもね。当然ながらそういう状態にある人たちは生活の質もボロボロだし、下手すれば明日の命もどうか……ってなワケで。

◇市川
そういや、「ホームレスになっても鍋は手放すな」ってアドバイスを昔知り合いから教えて貰ったことがあるよ。鍋があるだけで、できることが一気に増えるんだとさ。たとえば、モノを入れて水汲んで煮るとか。これができるとできないとで、全然生活の質が違うんだろうね。

「貧困」のリアリティ

◆永井
今ホームレスの話になってふと思ったんだけど、ホームレスの生活ってのもなかなかイメージしにくいだろうね。「絶対的貧困=ホームレス」ってのはイメージできても、ホームレスの生活の実態については、そこまで考えている人は多くないんじゃないかな。なので、いざ自分がホームレスになりそうな状況に追い込まれたら、焦る人が山ほどいると思うよ。どうすればいいか分からずに、途方に暮れてしまう人とかね。

◇市川
家から西成が近い永井さんが言うと、何か重みがあるね……その話に繋げて言うと、西成の釜ヶ崎(あいりん地区)にはホームレスは勿論、ホームレス一歩手前みたいな人が沢山いるけど、そういう人たちの生活も、イメージするのが難しいだろうね。

◆永井
だろうね。僕、人に頼まれて西成を案内したことが何度もあるんだけど、人によっては「こんな場所がまだ日本にあるんですか!?」とか「こんな状況があっていいのか……」って実際に言う人もいるよ。まぁ、確かにごく普通の人からすればかなりのカルチャーショックがあるみたいだけど、言って西成も日本の一地域でしかないワケで……ってのは、地元民だから感覚がマヒしてるのかな?
ともあれ、色んな人が西成を貧困の象徴みたいに扱っているけれど、西成にも西成なりの生活があるワケだよ。そこには当然悲喜交々があるし、毎日負のオーラに包まれているワケでもない。

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西成の風景
画像参照→http://murauchi.muragon.com/entry/513.html

 
◇市川
自分も永井さんに連れられて西成に行ったクチだけど、少なくとも自分にとっては過ごしやすい場所だったよ。確かに貧困ビジネスの問題とか、高齢化の問題とか、ヤクザの問題とか、色々あるのは事実なんだろうけど、あそこを見て「西成は不幸!だから西成を変えよう」と何の疑問も挟まずに思ってしまうのは、流石に理解が雑過ぎるんじゃないかなと思う。

◆永井
まぁ、雑な理解が延々と続いてきたから今の西成があるってのも少なからずあるんだけどね。とはいえ、雑な理解で環境を変えようとしても上手くいかない場合が多いから、何事も体験してみるのがいいんじゃないかな。西成も、「聞く」と「行く」とでは大分と違うだろうしね。

◇市川
でも、そもそもそういう人たちは、自分のイメージでしか世界を見ていないから、そういうことを言っちゃうんじゃないの?で、そういう人に西成の一串70円の美味しいホルモン焼きとか、千ベロ(千円でベロベロになるまで酒が飲める)とか体験させても、美味いと感じる前に、「こういう安い食べ物で飢えをしのいでるんだな、可哀想に」って考えが先に来ちゃうと思う。

◆永井
うーん、否定しにくいかも。……気になったんだけど、皆が漠然と「貧困」って言っているような生活って、一体どういうモノなんだろうね。つまり、皆はどういう生活を「貧困」と言っているのか、ってことなんだけど。

◇市川
多くの人は、絶対的貧困に陥っている人の生活を、「貧困」としてイメージしているんじゃないかな。そういう人を「貧しくて困っている」人、つまり「貧困」な人だとイメージしているんだと思う。じゃあ「貧しくても困ってない」人ってどうなんだってなるけど、これはあんまり「貧困」って感じがしないよね。だとすれば、実は「貧困」の本質は「貧しいことが原因で困る」ことにあるんだと思う。
なので、僕個人としては、死ぬまでのお金の工面の方法がぼんやりとも描けなくなることが「貧困」だと思うんだよ。この意味での貧困に陥っていなければ、人より年収が少なかったりしても、楽しく死ぬまで前向きに生きられるんじゃないかな。
この考えを一般的な仕方で定式化すると、僕は貧困ってのを、経済的事情が原因で、欲望と構想力が社会との間で上手く噛み合わなくなる問題だと考えているワケ。要するに、「自分の欲望と社会との死ぬまでの共存を構想できなくなった状態」を「貧困」と言うと思うのよ。

◆永井
その考えで行くと、先行きの見えない現代社会では、多くの人が市川君の言う「貧困」もしくは「貧困予備軍」になると思うんだよね。今に生きるのに必死で、将来の展望が見えない人なんてごまんといるでしょ。で、そういう人がやり場の無い不安や、長期的な欲望が無いことで、有り余ったエネルギーをネットでの炎上や、弱者へのバッシングにぶつけているのかもしれない。
これは個人的な見解だけど、当座の元手が無くて、今を我慢して生きている人は実際沢山いると思うよ。でも、将来を見据えた上での計画的な我慢ならともかく、我慢それ自体を美徳としたり、それを他人に強制したり、今言ったような我慢できていないように見える人を批判したりするのは、流石に行き過ぎだし、「正義」の旗を掲げて暴力的な行為・発言をする人はどうかと思うよ。

◇市川
その通りだし、それにこれって、今回の貧困JKの問題と無関係じゃないと思うよ。あの報道の事実云々はともかくとして、自分だけが我慢している状況が許せない人がいるから、「貧困アピールしているけど自分のやりたいことをやっているJK」が炎上したんじゃないの?そういう人の考えが変わらない限り、社会はますます暗くなるだろうねぇ。

◆永井
まぁ、一度できてしまったサイクルを崩して、新しいサイクルを打ち立てるのも難しいだろうけどね。そういや、「貧困も再生産される」ってよく言われるね。「親が貧乏なら子も貧乏」みたいな。で、どうしてそういう悪循環が生じるのかって言うと、結局は貧困から抜け出そうにも元手が無い人が多いからなんだよね。

◇市川
そう、貧困を解消しようとするなら、「当座の資本」を元手に資本を増やす必要があるワケで、それは個人レベルに限らず、世代レベルでも同じことが言える。ただ、「当座の資本」と言っても色々あって、手元にあるお金以外にも身分とか立場もある意味で「当座の資本」だと言える。

◆永井
身分や立場も含まれるなら、学歴とかも?

◇市川
そうだね。この国では学歴が金銭以外の「当座の資本」の代表格だと言えると思うよ。だからこそ、貧困JKの話題で学費が云々という話になったんだろうし。

学習機会の「貧困」と経済的な「貧困」

◆永井
学歴と貧困の関係か。少なくとも、今の日本では関係ありそうだけど、でも、この点については慎重に考えないといけないと思うよ。というのも、今の日本では学習機会の貧困と経済的な貧困が結びつきやすくなっていて、その実態が見えにくい部分が相当あるだろうからね。
たとえばだけど、よく「経済的な事情で進学を諦めました」って話があるじゃん?そういう話を聞くと大体の人は「経済的な貧困が学習機会の貧困を生む」という話だと考えると思うのよね。でも、奨学金とか学費の減免制度を利用すれば、少なくとも国公立大学は卒業できるはずで、その後の借金の返済も、大卒で働けるようになるアドバンテージを考えれば、必ずしも無茶な話ではない。

◇市川
なるほどね。つまり、絶対的貧困に近いラインに追い込まれて、勉強する時間も無ければ学生を続けられる経済的余裕も無いって家庭でもない限り、文字通り「金が無いから進学できない」ってことは起こりにくいってことか。でも、実際に「経済的な事情で進学を諦めました」って話は、割と聞くじゃん?アレって、実際には何が起こっているの?

◆永井
色々あるとは思うけど、たとえば親が教育に理解を示してくれないとか、親が絶対的貧困に近いレベルでお金を散在しているとかじゃないかな。話の最初でも少し触れたけど、今回の貧困JKの件は、仮に経済的困窮が理由で専門学校の入学金が払えなかったのが事実だとしたら、キチンと将来設計ができていないJKの家庭にも、少なからず問題があるってこと。そういうのは、「その時に必要なお金が用意できない」って意味では、確かに「経済的な事情で進学を諦めました」に含まれるんだろうけど、人々が思うような貧困と比較して考えれば、かなりのズレがあるんじゃないかな。

◇市川
厄介な話だなぁ。でも、学習機会の貧困が、経済的な貧困を生んでいるってのは、事実としてありそうだね。
あと、今の永井さんの話で思ったんだけど、日本はとにかく大学や専門学校の学費が高いんで、「金が無いから進学できない」って言葉が額面通りに受け取られ過ぎて、「経済的な貧困が学習機会の貧困を生んでいる」と思われやすいんだろうね。でも、受験を経験した立場から言わせてもらうと、勉強ってそれなりに難しいし、旧帝大や難関国公立大学に進学する場合、それなりに勉強に向いていないと難しいと思うけどね。

◆永井
大学や専門学校の学費の問題もあるけれど、僕としては高校の進学率も結構問題だと思うんだよね。日本って、義務教育ではない高校への進学率はメチャクチャ高いじゃん?それって、学歴社会だから皆最低でも高卒の資格が欲しいからなんだろうけど、義務教育終了後の最初のステップがほぼ高校進学一択ってのも、どうかと思うよ。現実問題、中学出たら働きたいって子がいても、そういう子たちが働ける機会ってのは、事実上ほとんど無いワケだし。

◇市川
それもあるけれど、今結構な数の高校生が塾に通ってるじゃん?アレって、高校の教育レベルが下がっているって言われているのもあるんだろうけど、そもそも高校の授業内容って、簡単に習得できるモノではないんじゃないかな。「高校の授業内容が理解できないとかウソだろ」って言う人もいるだろうけど。さっきの義務教育の話も絡めて考えると、スキルの獲得って意味で高校生活が将来のためになっていない層も、それなりにいる気がする。もちろん、青春をエンジョイしてコミュ力が身に付くみたいな話もあるだろうけどさ。
 

berd.benesse.jp

 
◆永井
多くの人が大学に進学したがる理由も、大体は就職が有利になるように、言い換えれば学歴社会で大卒の資格が欲しいからだよね。でも、高校の授業内容が分からずに大学に行っても、大学レベルの学問を理解するのは難しいだろうね。それに、周りが皆高校や大学に行くから、流されてなんとなく進学しちゃう人も、決して少なくはないんじゃないかな。
個人的には、中卒でもキチンと働ける社会になればいいなと思ってる。具体的には、早い段階で手に職を付けて、職人としてキャリアを積んで、そういう人がちゃんと尊敬されるような社会ね。

◇市川
事務処理ができるサラリーマンと数理系の計算ができるエンジニアを山のように作るのが戦後日本の教育だったけど、そんな教育で十分な時代はもう終わったんだろうね。一応、今はIT業界と福祉業界が大量に人材を求めているけど、その先を見据えないと、どうしようもないんじゃないかな。ゆとり教育だって実はコケていなかったんじゃないかっていう話もあるくらいだし、もう一度真面目に人材を無駄にしない教育ってのを考え直してもいいんじゃないかとは思うね。

「貧困」の短期長期と加藤智大

◆永井
話を貧困に戻すけど、この国は学習についていけなくなった人を無駄にしているだけじゃなく、貧困に落ち込んだ人も正しく扱えていないと思うんだよね。僕は貧困は「短期的な貧困」と「長期的な貧困」に分けられると思っていて、短期的な貧困は日雇いとかでとりあえずその場はどうにかできるんだけど、長期的な貧困状態にある人に対して、この国は漠然とした政策しか持っていないんだよね。そういう長期的な貧困で苦しんでいる人向けの公共福祉といったら、せいぜいハローワークか、あるいは労働機会の拡大くらいじゃないの。まぁ、「労働の義務」を掲げているこの国が、福祉的に労働機会を生活困窮者に与えているって、ぶっちゃけギャグにしか見えないけどね。

◇市川
実際問題、生活保護とか受けるレベルの貧困に陥っている人に対してできるアドバイスって「働け」とか「将来に投資しろ」とかしかないけど、それをやり遂げるのは現実的に考えて難しいし。
 

matome.naver.jp

 
そういや、西成で生活保護受給者がパチンコ通いしててニュースになったけど、それもしょうがないことなんじゃないかな。だってそれくらいしか楽しみが見出せないワケだし。でも、生活保護を受けているのにパチンコをしている人に「無駄遣いするな!」って批判する人は実際多い。だけど、そういう生活の喜びすら奪ってしまったら、生きることそのものに鬱憤が溜まるし、最終的には何も守るものがなくなって「無敵の人」になっちゃうんじゃないかな。守るものも生の矜持も何も残っていないから、他人をいくら傷付けても一切怖くない人。昔、トラックで秋葉原に突っ込んだ事件があったけど、アレの犯人とか、典型的な「無敵の人」だったと思うよ。
 

matome.naver.jp

 
◆永井
結局、長期的な貧困にある人をどうすればいいのかについて、誰も分かっていないんだよね。というか、これは日本だけの問題じゃないからなぁ。たとえばアメリカとか、家に火炎瓶を投げ込んでくる「無敵の人」が出てきたから、金持ちは柵で自分たちの家を囲って、さらにはご丁寧に警備員まで自前で雇っちゃうゲーテッド・コミュニティがあるし。

◇市川
かといって、「貧困層が社会でもう一度活躍できるようにしよう!」と言っても、今の日本では少なくとも現実的ではないと思う。この国はアメリカほどではないにせよ、「自己責任」を原則に動いているんで、貧困層に対しても「バカだから貧乏になったんだろ!俺は知らん!」って態度の人が多いだろうし。

◆永井
まぁ、自己責任が原則ってのは確かにそうではあるけど、「貧乏=敗者」って構図はどうなんだろうね。誰も好きで金が無い状態に進んでなろうとは思わないだろうし。それに、さっきのパチンコ問題にしても、アレに対する批判を突き詰めていけば最終的には「貧乏人は遊ぶな!」ってことになると思うんだけど、じゃあ貧乏人は常に働いて、家では慎ましやかに暮らして、楽しそうにするなってことなのかね。そこまで行くと、何か「貧困しぐさ」みたいなのがあるみたいで怖いし、やはりイメージの押し付けだと僕は思うけどね。

◇市川
それも貧困に対するイメージの問題なんだよなぁ。結局、貧困に陥っている人たちの生活に対して想像が及ばないから、解決策が一向に出てこない。そういうことなんじゃないかな。
でも、解決策が出ないなら、思い切ってベーシック・インカムを導入したらどうなるんだろうね?自己責任を極限まで推し進めたら、何か変わるかもしれないし。まぁ、経済についての議論はちょっと自信無いからここではやらないけど。

「貧困」と「責任」

◆永井
自己責任で思い出したけど、昔、橋下徹さんが大阪府知事だった時に、私学助成金削減の撤回を求めて橋下さんと議論しに行った高校生がいたんだよ。その時に橋下さんが高校生たちに、「今の日本は自己責任が原則ですよ。誰も救ってくれない。私学にしか行けなくなるまでどうして何もしなかった」と言っていたね。
 

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◇市川
高校生相手に結構キツい直球を投げてるなぁ。とはいえ、正論と言えば正論かな。でも、責任のとり方って、法律通りにはいかないよね。法ってのは基本的には「払える責任は有限であり、しかも明文化できる」という考え方で社会を回すためのシステムじゃん?少なくともハンムラビ法典以来、法ってのはそういう風にできている。「目には目を」ってあるけど、あれって言い換えれば「ある被害を受けた時にそれを変に倍返し(過剰報復)するのは止めろ」って話なワケで。実際、倍返しが認められたら社会なんて簡単に崩壊しちゃうだろうしね。

◆永井
なるほど。でも、責任を無限にとらせたい人もいるんじゃないかなぁ。昨今のネット炎上とかを見る限り、何かやらかした人がいれば、それをやらかしたヤツの存在を消し去りたいって思う人も、決して少なくない気がする。戦国時代で言えば、戦に負ければ一族郎党全員処刑って感じに。

◇市川
だろうねぇ、怖い怖い。ってか、「責任」って言葉自体、微妙じゃない?「責められる任」って、「失敗したらハラキリ」感がスゴいよ。一昔前ならともかく、今時「過失=即死刑」なんてありえないんだから、少々悪いことをしても、その人は何らかの形で社会に残る。だから悪いことをした人がいた時は、社会にいる全員が、その人と今後も付き合っていくことを前提に物事を考えないといけないワケで。

◆永井
これって「無敵の人」の話と繋がってこないかい?貧困に喘いだ末に何もかも守るものが残っていない人間も、その人が死ぬまでは同じ社会で生き続けないといけないんだし。そう考えると、「自己責任」を盾に、「ある人が貧困に陥った影響はその人にしか及ばない」と考えるのは、あまりにも早計だと思う。

◇市川
「人のフリ見て我がフリ直せ」じゃないけど、他人の失敗をただ批判したり嘲笑したりするだけじゃ、何も解決しないもんね。
ところで、「責任」の元の言葉は「Responsibility(応答可能性)」で、コッチの方が「失敗しても応えないといけないので死ねない」感じが出ていて僕は好きなんだけど、それでも「Self-responsibility」って言葉になると、途端に「俺とお前は別世界の住人だから。さよなら」って感じになる。まさにゲーテッド・コミュニティの思想だなぁって思うよ。

◆永井
とはいえ、ゲーテッド・コミュニティも独立で存在できているワケではないからねぇ。色々なモノを外部とやり取りしているし、そもそもどれだけ閉鎖的な空間であっても地球上にあるんだから。極端な話、何処かから誰かがミサイルでも撃ったら、普通に壊滅するよね。そう考えると、やっぱり「外部と完全に関係を断った世界」なんてのは、ムリなんじゃないかなぁ。

◇市川
まぁ、そもそも一人で生きていくのは限りなく不可能に近いし、やるにも超人的な力が必要だろうしね。

◆永井
そういうこと。話を戻すけど、法的に誰がどの程度の責任を取るのかって問題は大事だけど、それが明らかになったとしても、それで「失敗した人間とどうやって共存していくか」って問題が無くなるワケではないんだよね。社会は責任を払った側が追い詰められて「無敵の人」にならないようにしないといけないし、責任を払わせた側もその結果に我慢しないといけない。

◇市川
そして、この問題についていくら考え続けても、それでも貧困問題は永遠に無くならないだろうね。それでもどうにかするとすれば、各人ができる限り現実を直視しつつ、現実の多様性を認めつつ、そして想像力を身に付ける努力を怠らないようにしないといけないだろうけど……一度凝り固まった認識を改めるのは難しいからなぁ、骨が折れそうだよ……。
長々と語ってきたけど、疲れたよ永井さん。ホント、いっそ何もかも忘れて、一時でもいいからバカになりたいよ。

◆永井
おっ、それなら面白い映画がありましてですね……。

 

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