同人サークル<アレ★Club>公式ブログ(通称:「アレ★Blog」)

ジャンル不定カルチャー誌『アレ』を作っている<アレ★Club>の日々の活動記録です。

「アレ」宣言

こんにちは、<アレ★Club>です。
現在、我々は9月18日(日)に開催予定の第四回文学フリマ大阪か、11月23日(水・祝)に開催予定の第二十三回文学フリマ東京で頒布予定の『アレ』Vol.1(詳細については後日お知らせします)を制作中です。
この前、ようやくVol.1の執筆陣が決まり、今はコツコツと原稿や企画の打ち合わせの毎日です。
創刊号なので考えないといけないこと、決めないといけないことが山積みですが、まぁ、どうにかなると思います。

さて、今日は我々のサークルの機関誌『アレ』用に作った巻頭言みたいなモノを公開したいと思います。
我々が作る同人誌がどういうコンセプトを持っているのか、コレを読めば大体分かりますので、どうぞご覧くださいまし。

 

「アレ」宣言
かつて、これほどまでに人々が「自由」という罪過を恐れ、それを免れようと画策した時代があっただろうか。この国において、「何もしない」自由は非生産的であり、無意味な行為であると非難される。とはいえ、たとえ自由な資本があったとしても、それを自分が本当に望むものに投下できない限り、人は心から「自分は幸福だ」とは決して言えず、空虚さばかりが積もることになる。それゆえ、人々は「労働」の名の下に自由を弾劾し、自由から逃避する。
確かに、人間は労働することにより、自由から逃れることが、言い換えれば、自由から自由になることができる。しかし、いかに「労働は美徳である」と声高に主張したとしても、労働の結果として自分の幸福が生産されるとは限らない。自分が本当に好きなことを生業としない限り、人は心から「自分は幸福だ」とは決して言えない。むしろ、労働の奴隷となり、労働に酷使されるのである。
しかし、現在のこの国は、このような労働教の信徒たちの熱心な啓蒙の結果、形作られたものである。この宗教の教えは、「働かざるもの食うべからず」という格言に集約されている。彼ら/彼女らはこの言葉を、それが自分たちの軽蔑する共産主義の革命家レーニンの言葉であることを知りもせず、妄信的に吐いて回るのだ。この事実を、「転倒した社会主義」と呼ばずして、何と呼ぶことができるだろうか。自由から目を背ける口実が、今や自由を殺す根拠となったのだ。
では、そのような労働教信者たちに対して、我々は何と呼びかけることができるだろうか。単純だ。「しっかりしろ!」である。自分が本当に望むことを、好きなようにすればいい。「それでは生きていけない」と述べる暇があるのならば、好きに生きればいい。人生は短い。今この瞬間にも、時間は刻一刻と過ぎ去っているのだ。
これらの現状を踏まえた上で、我々<アレ★Club>は、荒廃の極みにあるこの国において、「しっかりしよう」と立ち上がらんとする人々を鼓舞すべく、機関誌『アレ』を創刊する。この書物が、人々が進むべき海路を照らす灯台となるか、宗教を否定する不埒なバベルの塔となるか、あるいは死にゆく人々を弔う墓標となるかは、まだ分からない。だが、この『アレ』には、誰もが個人的な意見や見解を持ち込むことができる。その中には、これまで到来したことのない未知の何かが、破壊的な何かが、あるいは救済となる何かが紛れ込んでいるかもしれない。そして、そのようなものを、我々は「アレ」と名付けた。
「アレ」は爆弾である。「アレ」は花束である。「アレ」は燃え盛る炎の中で煌く一片のガラスである。「アレ」は大海に漂う瓶の中の一通の手紙である。「アレ」は静かにやってくる。「アレ」は怒号を上げながら襲いかかってくる。「アレ」は佇む。「アレ」は嗤う。そして、「アレ」は「アレ」となる。我々は、いかなる「アレ」も受け入れる。我々は、我々の発する「アレ」が、我々はもちろん、我々を見る人々にとっても「アレ」であらんことを、今ここに願う。

全ての「アレ」な人々よ、団結せよ!

2016年4月1日
アレ★Club
山下泰春(代表)
市川遊佐(副代表)
永井光暁(事務局長)

 

共産主義者宣言 (平凡社ライブラリー)

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ムッシュー・アンチピリンの宣言―ダダ宣言集 (光文社古典新訳文庫)

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